大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)5931号 判決
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〔判決理由〕<前略>(三) <証拠>によれば、昭和四四年一一月二二日頃、被告大友が原告松浦地所を訪ね、本件物件の売却方を依頼し、同日原告松浦地所代表者たる松浦国広は、右依頼に応じ、被告田村光一、同大友方に行き、被告田村光一、同大友立会のもとに本件物件を調査した事実を認めることができ、右被告ら各本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたい。右事実によれば、右日時に、原告松浦地所と被告田村光一、同大友間に本件物件の売買仲介を委託する契約が成立したといえる。しかし、右原告と被告田村光男との間に右のような契約が成立したことについては、これを認めるに足る証拠はない。
(四) <証拠>によると、その後、原告松浦地所は、同業者であるトンボ商事こと原告赤倉博に本件物件を説明し、同人に買手を探してくれるよう依頼したこと、昭和四五年一月下旬に原告松浦地所代表者と、原告赤倉博の使用人である藪繁子が買手のマッサージ師を連れて、同年二月下旬には藪繁子が、カーテン会社社長三木某の代理人と称するいこい興産という名の松本某を案内して被告田村光一、同大友方を訪れたがいづれも売買は不調に終つたとの事実が認められる。ところで、被告田村光一、同大友各本人尋問の結果によれば、同人らは前記松本某が被告方を来訪したさい、売買価額に関する買手側の希望をいれて、代金三、三〇〇万円で本件物件の売買を設立させたと思つていたところ、翌日右松本から断りの連絡があつたので不審を感じ、数日後、被告田村光一と被告大友の息子が、直接前記三木某方を訪問したところ、同人から松本に売買を頼んだことなどないとの返答を受けるに至り、原告らに対し、いいかげんな話を持ちこんだと不信の念をつよめ、直ちに、原告松浦地所に対し本件物件の売買仲介の依頼を断る旨連絡したこと、その後原告松浦地所から被告方へ本件物件の売却あつせんについての話はもちこまれなかつた事実が認められ、右事実に反する原告松浦地所代表者尋問の結果は措信し難い。これらの事実によれば、原告松浦地所に対する右仲介依頼を断る旨告知されたことをもつて、前記原告松浦地所と被告田村光一、同大友間の売買仲介の委託契約は解除され、終了したといえる(原告松浦地所も、その後本件物件の売却あつせんはせず、ことに後記被告藤林との話ももちこまなかつたのであるから、右解約に応じ、右契約を合意解約したといえる。)。
(五) 次に<証拠>によると、原告赤倉博は、昭和四五年三月下旬頃被告藤林宗源より、土地付建物買入の仲介委託を受け、同年四月一〇日頃同人を藪繁子が直接被告田村光一、同大友方に案内したこと、しかし、その数日後に被告藤林が、本件物件を買う意思のない旨原告赤倉に伝え、仲介は不成功に終つたこと、そして、右売買が不調に終つた理由は、同被告が買入価額を約金三、〇〇〇万円と希望したがその点で折り合わず、また被告藤林が、同被告の経営している会社が取得した手形が不渡りになつて、本件家屋買入資金の都合がつかないといういいわけをしたためであつたことが認められ、被告藤林本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたい。
(六) ところが、その後、まもなく同年四月二〇日頃、被告藤林と被告田村両名、同大友との間で、本件物件を代金三、〇〇〇万円で売買する契約が成立し、昭和四五年六月三〇日(一部については同年一〇月三日)に所有権移転登記が経由されたことについては当事者間に争いがない。ところで、被告藤林は、本件物件の買入意思がないむね通知したことをもつて、原告赤倉に対する土地付建物買入仲介の委託を解約したと主張するようであるが、かりにそう解しうるとしても、右のとおり右原告の仲介と売買契約締結の日が近接しており、かつ、結局被告藤林の希望価額で契約が成立しているなど前記経過に鑑みれば、被告藤林は、原告赤倉に対する土地付建物買入の仲介委託にもとづき同原告から本件物件の話を紹介され、かつ被告田村光一、同大友らに引き合わされて同被告らと本件物件の売買交渉を持つに至り、結局売買契約を成立させたのであるから、右仲介委託と売買成立との間に因果関係を認めることができる。そして、原告赤倉に、被告藤林主張のような宅地建物取引業法違反の事実その他不動産仲介業者としてとくに右被告に対し不信行為があつたと認めうる証拠もないから、原告赤倉としては、仲介を断られたことにより直接に売買契約成立まで仲介をしなかつたとしても、商法五一二条の規定の趣旨にしたがいなお委託者たる被告藤林に対し相当の報酬請求権を有すると解するのが相当である。(ことに被告藤林は、買入資産の都合を理由に仲介を断りながら、まもなく契約を成立させ、しかも被告鈴木光一、同大友各本人尋問の結果により、代金は円滑に決済されていることが認められることなどを考えると、故意に原告赤倉を排除して契約を成立させたともみられ、民法一三〇条にしたがつても報酬請求権の成立が肯定される。)
(七) 一方、原告松浦地所の被告田村両名、同大友に対する本訴請求については、前記認定の如く、被告藤林と、被告田村両名、同大友が本件物件についての売買交渉を持つに至る以前に、原告松浦地所と被告田村光一、同大友間の仲介委託契約は既に解約により終了しており、かつ、右解約が故意に右原告を排除する目的でなされたといえず、また、右被告らにおいて右原告の前のあつせん結果を利用したと認めるに足りる証拠も、右原告が被告藤林との売買に関与し、尽力したと認めるに足る証拠もないから、両者の間に因果関係があるとはいえず、その請求を認めることはできない。
(七) そこで、原告赤倉の被告藤林に対する仲介手数料たる報酬請求の金額の点につき、判断する。成立の争いのない甲第四号証によれば、昭和二八年四月六日大阪府告示第一七一号により報酬額の定めがなされておることが認められ、それによると、本件の場合金九七万円が算出されるけれども、右告示は、報酬の最高額を定めたにすぎないものと解すべきである。もつとも、原告赤倉は、報酬につき右告示に基づく慣習がある旨主張するが、本件全証拠によるもこれを認むるに足りない。そこで、本件にあらわれた諸事情をしんしやくして報酬額を考えると、前記のとおり原告赤倉は、主として被告藤林を被告田村両名、同大友に引き合せたにとどまり、売買代金額の調整についてもとくに尽力しておらず、本件物件の業務に実質上従事したのは数日間にすぎないのであるから、それまでの買手さがしの勢力を考慮に入れても、報酬額は右告示額の約三分の一にあたる金三五万円と解するのが相当である。<後略>
(岨野悌介)